Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

    “桜の季節に…”
 



どんなにつらい時代もやがては明けるという前向きなお言葉として、
明けない夜はないと どこやらの革命家が言ったそうだが。
自然現象の方の長くて寒くて辛い冬は尚更に、
いつまでもいつまでも続いて終わらぬものでは到底なくて。

 「気が遠くなるよな長い冬の時期があったとかどうとか、
  後世の研究で判るらしいがな。」
 「…お師匠様、時代考証考えて。」

そうだぞ、考えて。(わざとだな)
氷河期は例外だとして、
今のところは終わらない冬もないだろし、
来ない春も まあないだろう。
少しずつ陽の明るさが濃くなって、陽だまりの暖かさが増してきて。
雲間から覗く空の青みが深まって来て、
それを見上げた視野の中、木立の先っちょでは、
様々な木花の蕾がふくらみ始めているのが見て取れて。
椿や水仙が頑張ったそのあとへ、梅やロウバイなどなどがおずおずと咲き始める。
梅と言えば、寒に耐える健気な花という印象だったりするが、
枝垂れ梅や八重の梅など、案外と華やかなものも多数あり、
やあやっとの春だと、その芳しい香りに新しい季節の兆しを実感するけれど、

 「しみじみ感じる春が、
  桜がお目見えとなると俄然浮かれた気分になっちゃいますよねvv」

佇まいが豪華絢爛だからでしょうか、
それともすっかりと暖かくなってるからでしょうかと、
語る書生くんのお顔からして、暖かそうな笑みに染まっていて。

 「しゃくら?」
 「そう、桜vv」

丸いおでこへ下ろされているふんわり前髪を
くしで整えてもらっているくうちゃん、
小さいお兄さんのご機嫌な様子に釣られてか、
そちらさんまでワクワクと嬉しそうで。
やわらかな頬が盛り上がっての、満面の笑みを頬張っているくらい。

 「ちなみに、現代の日本人が贔屓にしているソメイヨシノは、
  江戸の末期に生まれて明治になってから広まったんだからな。」

庶民の花見が広まったのは、
八代将軍吉宗が隅田川や御殿場、向島などへ桜の植樹を盛んに進め、
花見を奨励したことで始まったと言われていて。
そうなるまでは一本桜や枝垂れ桜などが、花見の主流だったのかもですね。

 「だから、後世の話はいいですったら。」

…すみません。
いつになく瀬那くんが強気なのも桜の気配に浮かれているからか。
とはいえ、今年の京の都の桜はまだちょっと出足が遅い。
だというに、

 「はい、次はこおちゃんね。」
 「あいvv」

うきうきとくうちゃんこおちゃんの髪の手入れに勤しんでいるのはどうしてかといや、

 「東宮に招かれてるもんでな。」

そちらさんはセナくんほど浮かれてもないものか、
端としたお声で言い放ち、

 「まあ、手のかかる出仕よか面倒ごとじゃあねぇけどな。」

それでも、わざわざ出かけてご機嫌伺いなんてのは性に合わねと
面倒そうな顔でいる蛭魔なのへ、

 「おやかま様、しゃくらのみゃー様きやい?」

甘い栗色の髪つやつやに梳かれ、白い水干姿も可愛らしい子ぎつね坊や、
明るい庭側、濡れ縁へ胡坐をかいての膝辺りへ頬づえついて、
不貞たように座っておいでのお館様に寄ってって、
ひょこりと小首を傾げつつ訊く坊やだったのへ、

 「?」

まずは、“何て言ってる?”と坊やの頭越しにセナくんへ目顔で訊いて、

 「桜の宮様が、お嫌いなんですか?と。」
 「ああ、それで“みゃー様”な。」

何だそっかと珍妙な言い回しだったところへ、はははと笑ってから、

 「そのみゃー様が春の生まれでな。
  今年の祝いの席に出なんだの、今になってやいのやいの言ってきやがる。」

ぽそんとお座りし、お膝をにじにじ進めてくるのへ、
ほれと腕を開いて“おいで”と示せば、

 「♪」

わぁいvvと膝立ちになって身を乗り出したくうちゃん、
そのまま蛭魔の、あんまり座り心地はよくなかろう細いお膝へ上がってしまい、
そいで?なんて目顔でお話を促す呼吸が、

 “微妙に均衡は悪いが、
  そいでも親子兄弟みてぇに見えるのが不思議だよなぁ。”

実は来ていたんですよの黒の侍従様、
そちらは庭先に足を下ろしての縁側へ腰かけた格好で、
まといし狩衣に覆われた頼もしい肩を春の朝の陽に温めつつ、
彼らの会話を聞くだけの側に回っておいで。

 「しょうがねぇから、今日、
  俺らだけでのお祝いに参上するって寸法だ。」

 「桃のお饅頭と須磨のきびなごの佃煮と、
  お師匠様の祈祷を込めた錦の佩とを用意しましたしねvv」

それと、可愛らしい子ギツネ二人を連れてって、
せいぜいお付きの女官の皆様も沸かせてさしあげましょうねと、
人を和ませる気遣いは任せてというセナくんが、贈り物への段取りを整えたらしかったが、

 “日をずらしてくださったのは、
  僕らへも逢ってくださりやすいよう、
  気を回してくださったのかもしれないなぁ。”

神祇官補佐という、結構な高位の殿上人だというに、
それでも蛭魔は 相変わらず貴族の間では評判がよろしくなくて。
主人の悪口を真に受けてか、
使用人たちといった下々の者が、
どういう料簡か、大方 主人がそんな小物だからだろうが、
こちらの家人らを筋違いにも貶めたりすることが少なくない。
なのでか、
なんの、書生くんなぞ東宮と直接お目通りしもするのだぞと、
そういう援護射撃をたまに示してくださるのがお優しい。
ただし、そういう特別扱いは、あまり重なると今度は余計な嫉妬も招くので、
さじ加減が微妙なところまで、きちんと心得ておいでなところが、

 “ウチのお師匠様には、無理なご配慮だろうなぁ。”

言ったら怒鳴られそうなんで、胸の内にだけでの独り言。
それに、手ごわい妖異への大胆果断な成敗を鮮やかにこなす身に、
そうまでの周到な気配りは却って邪魔にもなりかねぬ。
全部を卒なく持てば持ったで、結果 小さくまとまるのがオチだろうと、

 “判るようになるには、まだ少しかかるかの?”

お弟子の心持ちとやら、
何とはなく、気がついておいでのお師匠様。
そんな風に苦笑するだけに留め置き、
もう一人のお支度が済んだちびさんと、
皆でそろってさあお出掛けと腰を上げるの、庭先で仔猫が眺めておいで。
そんな暢気な春の朝、当家には珍しい 長閑なひとときでございます。




     〜Fine〜  16.03.25


 *お誕生日祝いのお話がとうとう書けなんだので、
  今年はこういう形になりましたが…。
  肝心な桜ノ宮様 出てきませんでした、すいません。
  
  ところで、地名の表記で、
  江の島か江ノ島かというのが時々論争になるとか
  こないだワイドショーで取り上げられてましたが、
  こちらだと三ノ宮か三宮かというのがありまして。
  あと、大阪には桜宮(さくらのみや)という地名もあります。
  の でも ノ でも、何なら書いてなくても、
  馴染みのある地名だとちゃんと発音されますが、
  初見だとやっぱ間違えちゃうかもですよね。
  
  「でも大宮は大宮だよね。」
  「おおのみやってところもあるかもだぞ?」
  「それは大野宮だろう。」

  う〜ん。

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv  

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